日本では、高齢者と言われる65歳以上の方が約30%を占めています。認知症患者数は約700万人と推定されていて、これは高齢者の5人に1人に相当します。
「もし自分が認知症になったらどうしよう」といった不安を抱えている方は、たくさんいらっしゃると思います。
そんな将来への不安を解消する制度として、「任意後見制度」があります。
任意後見制度の目的と概要
任意後見制度は、成年後見制度の一つで、将来判断能力が不十分になった時に備えて、あらかじめ自分で選んだ人(任意後見受任者)に財産管理や身上監護を委託する契約を結ぶ制度です。
制度の目的
任意後見制度の最大の目的は、本人の意思の尊重です。
認知症などで判断能力が低下してからでは、自分の意思を十分に表現することが困難になります。そこで、元気なうちに自分の意思で後見人を選び、どのようなサポートを受けたいかを決めておくことで、将来にわたって自分らしい生活を送ることができるようになります。
法定後見制度との違い
既に判断能力が低下してから家庭裁判所が後見人を選任する「法定後見制度」とは異なり、任意後見制度では
- 本人が元気なうちに後見人を選べる
- 委託する事務の内容を自分で決められる
- 報酬額も事前に取り決めできる
- 本人の価値観や希望を反映した契約内容にできる
このように、任意後見制度は本人の自己決定権を最大限に尊重した制度となっています。
任意後見制度の仕組み
関係者
任意後見制度には、以下の人たちが関わります。
委任者(本人)
- 任意後見契約を結ぶ本人
- 契約時点では判断能力が十分にある方
- 将来の財産管理や身上監護を委託する人
任意後見受任者
- 本人が選んだ将来の後見人
- 本人の判断能力が低下した時に任意後見人となる
- 契約で定められた事務を行う
任意後見監督人
- 家庭裁判所が選任する
- 任意後見人の業務を監督する
- 本人の利益を保護する役割
家庭裁判所
- 任意後見監督人を選任する
- 任意後見人の事務を間接的に監督する
任意後見人の選び方
任意後見人は、本人が自由に選ぶことができます。
任意後見人の候補
家族・親族
- 配偶者、子ども、兄弟姉妹など
- 信頼関係があり、本人の価値観を理解している
- 報酬を低く設定できる場合が多い
- ただし、専門知識の不足や感情的な対立のリスクもある
専門職
- 弁護士、司法書士、社会福祉士、行政書士など
- 専門知識が豊富で適切な事務処理が期待できる
- 中立的な立場で業務を行う
- 報酬は相場に基づいて設定される
法人
- 社会福祉協議会、NPO法人、専門職法人など
- 組織として継続性がある
- 複数の専門家によるサポートが受けられる
複数後見
- 複数の人が協力して後見業務を行う
- 家族と専門職の組み合わせなどが可能
- 互いにチェック機能が働く
選定のポイント
- 信頼関係:長期間にわたって信頼できる人・団体か
- 継続性:本人より先に亡くなったり、業務継続が困難になるリスクはないか
- 専門性:財産管理や各種手続きに必要な知識・経験があるか
- 地理的条件:定期的な面会や緊急時の対応が可能な距離にいるか
- コミュニケーション:本人や家族と良好な関係を築けるか
契約の流れ
Step 1:準備・検討段階
- 任意後見制度についての情報収集
- 家族との話し合い
- 任意後見受任者の選定
- 委託する事務内容の検討
Step 2:契約締結
- 任意後見受任者との具体的な話し合い
- 契約内容の確定(委託事務の範囲、報酬額等)
- 公証役場での公正証書作成・登記手続き
Step 3:契約効力発生
- 本人の判断能力低下
- 家庭裁判所への任意後見監督人選任申立て
- 任意後見監督人の選任
- 任意後見の開始
Step 4:任意後見の実行
- 定期的な本人との面会
- 財産管理業務の実施
- 身上監護業務の実施
- 任意後見監督人への定期報告
費用について
初期費用
公正証書作成や登記の手数料などで約20,000円前後が必要です。
また、前述のStep1,2で弁護士や行政書士に相談等を依頼した場合、その報酬が必要となります。
継続費用
任意後見人の報酬額は契約で自由に決められます。法人や専門職に依頼する場合は、月額30,000~50,000円が多いようです。
また、任意後見監督人への報酬として月額10,000〜30,000円が別途必要になります。
任意後見制度のメリット
自己決定権の尊重
最大のメリットは、元気なうちに自分の意思で将来の後見人を選び、委託する内容を決められることです。
法定後見制度では家庭裁判所が後見人を選任しますが、任意後見制度では本人の希望が最優先されます。
柔軟な契約内容
委託する事務の範囲を具体的に決められます。
例えば、「財産管理は任せるが、居住場所の決定は家族と相談してほしい」といった細かな希望も契約に盛り込むことができます。
家族間トラブルの予防
事前に本人の意思を明確にしておくことで、将来的な家族間の争いを防ぐ効果があります。
「なぜこの人が後見人なのか」という疑問も、本人が元気なうちに決めたということで納得を得やすくなります。
信頼関係の構築
契約締結時から実際の後見開始まで、任意後見受任者との関係を深めることができます。
この期間に本人の価値観や希望を十分に伝えることで、より本人の意思に沿ったサポートが期待できます。
報酬の事前決定
後見人への報酬を契約時に決められるため、将来の費用負担を予測しやすくなります。
家族が後見人になる場合は、報酬を無償や低額に設定することも可能です。
任意後見制度のデメリット
取消権の制限
法定後見制度では後見人に取消権がありますが、任意後見制度では原則として取消権がありません。本人が詐欺などの被害に遭った場合、取消しが困難になる可能性があります。
監督人選任の必要性
任意後見が開始されると、必ず家庭裁判所が任意後見監督人を選任します。この監督人への報酬(月額1〜3万円程度)が追加で必要になり、全体的な費用負担が増加します。
手続きの複雑さ
公正証書の作成、登記手続き、監督人選任申立てなど、複数の手続きが必要で、時間と労力がかかります。また、法的な知識も必要になるため、専門家のサポートを必要とする場合が多いです。
効力発生までの期間
契約締結から実際に任意後見が開始されるまでには、家庭裁判所での手続きが必要なため、数ヶ月の時間がかかることがあります。緊急時の対応が難しい場合があります。
受任者の負担
任意後見受任者には重い責任が伴います。家族が受任者になる場合、将来的に大きな負担となる可能性があり、受任者の生活に影響を与えることもあります。
契約解除の制約
一度効力が発生すると、契約の解除には家庭裁判所の許可が必要になります。任意後見人との関係が悪化した場合でも、簡単に変更することができません。
まとめ
任意後見制度は、将来の認知症などに備えて、元気なうちに自分の意思で後見人を選び、委託内容を決められる画期的な制度です。高齢化が進む現代社会において、自分らしい老後を送るための重要な選択肢の一つといえるでしょう。
制度活用のポイント
早めの検討開始
認知症は誰にでも起こりうることです。「まだ早い」と思わず、60代後半から70代前半での検討をお勧めします。
家族との十分な話し合い
任意後見制度について家族全員で理解を深め、本人の希望を共有することが大切です。後見人を家族以外にする場合は、特に丁寧な説明が必要です。
専門家との相談
制度の詳細や手続きについては、専門家に相談することをお勧めします。
地域包括支援センターの他、社会福祉士、弁護士、司法書士、行政書士に相談することが可能です。
定期的な見直し
契約締結後も、本人の状況や希望の変化に応じて契約内容を見直すことが可能です(効力発生前)。定期的に任意後見受任者と話し合いの機会を持ちましょう。
元気で判断能力があるうちに、将来への備えとして任意後見制度を検討されてはいかがでしょうか。
任意後見制度に関する問合せ・ご相談はこちらから